若い人のフレッシュな感覚

終戦直後、浜松でピストン・リングの工場を経営していた頃、こんなことがあった。
ある日、子どもにその月の小遣いをせびられた。しぶしぶ十円やろうとした。
「十円じゃ……」子どもは顔中に不満の色を漂わせて、鼻を鳴らした。
「百円ちようだいよ!」
「ナニッ?百円ッ……」
思わず声が大きくなった。たしか当時の私の月給は、五百円位だった。
子どもの小遣いの要求額は月給の二○%だ。さすがに驚いた。
「そんな無茶をいうな」
「ダッテ、十円じゃ何も買えないモン」

と、フクレッ面で抗議された。話を聞くまでもなく、子どものいい分に無理はなかったのだ。世間の物価が、私の収入とはかかわりなく騰貴していたのである。その後も、こんなトラブルは幾度か繰り返された。「おとうさん、五百円くれ」とか、「来月から、小遣いを千円にベースアップしてくれないか」と、その時どきの社会情勢をなまなましく反映させて、大胆率直にぶつかってきた。不覚にもそのつど私は、肝を冷やしたり、ろうばいして値切ったりした。当時としたら、たしかに五百円、千円といったって、たいした値打ちはありはしなかった。しかし、残念なことに私の頭の中に、一銭でアメ玉が三つも買えたという記憶が巣喰っていたのだ。このために私の社会情勢の判断は邪魔されて、子どもの軽蔑の視線を浴びなければならなかった。このことは、私を痛烈に反省きせた。「過去を持っているオトナというやつは、うんと進歩的であるように見えても、実は古いところが多々ある。若い人の中には八十爺さんみたいな去勢されたような例外もいるが、若い人のフレッシュな感覚には遠く及ばぬものがある」これまでも、私はつとめてこだわりのない自由なものの見方、考え方を大切にしてきた。固定した観念を持つことをいましめ、こだわりのある見方や考え方を自省してきた。それでいながらこの有様だったのだ。←こちらでのサイトではいろいろな情報を取り揃えております。

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